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ようやく世界史に出てきた上海

南京条約でようやく本格的な国際貿易が始まった。

アヘン戦争を終結させた1842年の南京条約により上海は条約港として開港した。これを契機としてイギリス、フランスなどの租界が形成された。1865年に香港上海銀行が設立されたことを先駆として、欧米の金融機関が本格的に上海進出を推進した。1871年には香港と上海を結ぶ海底通信ケーブルが開通し、日本の長崎にも延伸された。1920年代から1930年代にかけて上海は極東最大の都市として発展し、イギリス系金融機関の香港上海銀行を中心にアジア金融の中心となった。

By 上海

1842年、南京や杭州、寧波といった周辺都市の"陰"に過ぎなかった上海に、ようやく世界史のスポットが当たります。ここから80年ほどで極東最大級の都市に発展し、150年後には中国15億人の牽引役を担うの都市へと変貌するのですから、アムロ並みの成長度。まさにニュータイプ。

それにしも、南京条約で開港した都市は、広東、厦門、福州、寧波、上海。どう見ても上海が浮いていますね。広州は古代からの貿易都市で、厦門は1600年代から東南アジア貿易の拠点、福州は800年代から海外貿易で賑わい、寧波は唐代から日本(遣唐使の773年~838年の航路)や東南アジアの船が往来していました。

上海=アムロ・レイ

一方、上海は綿というローカルな商品の流通地。茶、陶磁器、シルクといった主流品には遠く及ばない商材を扱っていた小さな港です。

そんな"陰の街上海"の有用性を当時のイギリスは把握していたのですから、さすがオートミールの国。「あんなもん食べるぐらいなら、電池でも舐めてビリッとしてる方がマシだ。」はアジアの共通認識。

オートミール < 電池

英国租界(そかい)が開かれる。・・・租界ってなんだろう。

南京条約によって開港した上海ですが、条約には外国人居留地に関する記述はなく、居留英国人は上海城内に領事館と居を構えました。1800年代初頭、上海県の人口は50万人を超えていたそうですから、外周5kmの城内は超過密状態だったでしょう。その住み心地は容易に想像できます。

これを解決すべく1845年、居留英国人の保護を目的とした「上海租地章程」が締結され、英国租界が開かれます。租界とは、行政自治権や治外法権をもつ外国人居留地で、城内から解き放たれた英国人は、せっせと居留地を開拓しインフラ整備に尽力します。

ちなみに、租界の自治を担う役所「工部局」は、中国人から見た「インフラ工事ばかりする役所」が由来。と言うのも、最初に英国人に与えた土地は墓地と湿地帯という最悪の環境。「工部局」はそこを整備する彼らを揶揄した名称なのです。それにしても、イギリス人ノリノリです。

英国に続いて仏米が租界を開設。日本も租界工商局の仲間入り。(白線は3km間隔)

1845年外灘から始まった英国租界は西へ拡張します。1848年には米国租界が設置され、1863年両国の租界が合併し共同租界が誕生、さらに拡張を続けます。1894年になると日本も租界工商局のメンバーになり、虹口(ホンキュー)地区に日本領事館が開設されます。

一方1849年に設置されたフランス租界は、一度は共同租界の一員になるものの、そこから脱退し独自に拡張を続けます。

共同租界とフランス租界の境には運河(洋涇浜)があり、今は市街地を東西に貫く高速道路(地図上濃い灰色)になっています。現代の上海もこの高速道路を境に趣が大きく異なります。やはり、南側は洒落た建築が多く、この地区にある欧米の領事館は当時の建物を利用しています。

▲最初の英国租界、外灘(ワイタン)。英語名バンド(Bund)は船着き場の意。

▲1926年築のフランス倶楽部。フランス人の社交場として利用された。

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