南京条約によって開港した上海ですが、条約には外国人居留地に関する記述はなく、居留英国人は上海城内に領事館と居を構えました。1800年代初頭、上海県の人口は50万人を超えていたそうですから、外周5kmの城内は超過密状態だったでしょう。その住み心地は容易に想像できます。
これを解決すべく1845年、居留英国人の保護を目的とした「上海租地章程」が締結され、英国租界が開かれます。租界とは、行政自治権や治外法権をもつ外国人居留地で、城内から解き放たれた英国人は、せっせと居留地を開拓しインフラ整備に尽力します。
ちなみに、租界の自治を担う役所「工部局」は、中国人から見た「インフラ工事ばかりする役所」が由来。と言うのも、最初に英国人に与えた土地は墓地と湿地帯という最悪の環境。「工部局」はそこを整備する彼らを揶揄した名称なのです。それにしても、イギリス人ノリノリです。
|