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歴史の波に乗りきれない上海。加油上海!

1277年商船管理局の開設、1292年「鎮」から「県」に出世!

1277年(至元十四年),元朝在上海镇设立市舶司,与广州、泉州、温州、杭州、庆元(宁波)、澉浦合称全国七大市舶司。本埠市舶司的衙门设在后来的上海县署内,即今小东门内方浜中路以南的光启路上。同年,又将华亭县升格为松江府。

1292年(至元二十八年),元朝正式设立上海县,县治在今天上海市中心黄浦区(包括原南市区),隶属于松江府,这是上海建县的开始。

By 上海历史

1267年に誕生した上海鎮。1277年には商船管理局が設置され貿易港として整備されます。同じく広州、泉州、温州、杭州、寧波、嘉興にも管理局が設置され、7大貿易港の一つとして、ようやく上海が歴史の表舞台に躍り出ます。

この管理局は今の豫園南側に設置され、上海の経済が徐々に黄浦江沿岸に移り始めます。

そして1292年、上海は「鎮(町)」から「県(市)」に出世し、その商船管理局に役場が設置されます。

こうして、上海の経済圏は黄浦江沿岸に移行します。

出世街道まっしぐらのはずが・・・orz

商船管理局が設置され、「鎮」から「県」に出世し、エリート街道を猛進するはずの上海。ところが、この時代の商都は上海近郊の宁波で、1298年には上海と嘉興の商船管理局は宁波に併合されてしまいます。

この後、1400年代後半まで歴史の片隅に埋もれてしまいます。

いまいち歴史の波に乗りきれない、なかなかの苦労人。ドラマにしたら高視聴率ですね。主役は田代まさし、あっそれ本気の苦労人ですから。ここは森脇健児あたりでひとつ。いや、こっちの悲壮感もハンパねぇ。


By 走る男

黄浦江の拡張と、紡績産業の成長で、ようやく上海が出世!

明代(1400年代初頭)、蘇州河は堆積砂によって航行不能に陥ります。そこで、黄浦江の拡張工事が行われ、蘇州河の支流にすぎなかった黄浦江が本流になり、交通の要衝となりました。

同時期、上海県を管轄する松江府(現在の松江区)は綿花栽培を奨励し、中国最大の綿紡績地として急激な発展を始めます。

前述の水運インフラの整備と綿紡績産業の興隆が重なり、松江及び上海を中心とした地域が、ようやく商業都市として花咲きます。


イエ~イ

倭寇の襲撃に備え城壁を築き、上海城が成立する。

倭寇、来ちゃったよ。

日本では1523年に勘合を巡って細川氏と大内氏がそれぞれ派遣した朝貢使節が浙江省寧波で争う寧波の乱(寧波争貢事件)が起り、勘合貿易が途絶すると倭寇を通じた密貿易が盛んになり、さらに中央で起った応仁の乱により混乱状態が戻ると、再び倭寇の活動が活発化する。

By Wikipedia 倭寇

商業都市として繁栄が始まった1400年代後半の上海。ところが、1500年代になると倭寇の標的とされてします。

中国の多くの都市は城壁に囲まれた要塞都市でしたが、歴史の浅い上海には城壁が無く、格好の獲物と見なされたのでしょう。この時期、すでに松江府は中国最大の綿紡績地に成長し、その積出港である上海は相当な繁栄を誇っていたようですから、なおさらです。

「おいスネ夫!お前良いケツ持ってんじゃんか!ちょっと貸せよ!」

「え~しょうがないなぁ。優しく扱ってよ・・・。ジャイアンに貸すとすぐ壊れるんだから・・・ってアッ-!!」

倭寇の凶悪さってこれぐらいっすかね。だとしたら相当凶悪ですよこれ。

勢いづく倭寇。

1547年には明の将軍である朱紈が派遣されるが鎮圧に失敗し、53年からは嘉靖大倭寇と呼ばれる倭寇の大規模な活動がはじまる。

By Wikipedia 和冦

上海は1553年4月から6月にかけ5度も倭寇の襲撃を受けます。これに対抗すべく2ヶ月という短期間で、城壁とお堀が築かれました。これが上海城と呼ばれるようになり、現代に続く上海の原点となります。

城壁の高さは7メートル、お堀の幅は20mあったそうですから、当時の上海の経済力の高さをうかがい知れます。

この城壁とお堀は1912年に取り壊されてしまいますが、その跡が環状道路として今も地図上に刻まれています。

多くの観光客が訪れる豫園(庭園)が造営されたは1559年から1577年で、城壁の完成後は平穏な成長を続けていたようです。

縦1.3km・横1.6km・外周5.3km。皇居外周と同じぐらい。

▲復元された城壁。中は資料館になっていますが入る価値無いです。

▲旧上海城内の東側。昭和初期の雰囲気。何丁目の夕日だろ?

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近日、追加予定。
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